ホーム

会社案内

サービス一覧

採用情報

お問い合わせ

2008年5月21日

「自己犠牲」とは

こんにちは。岡崎です。

私事ではあるのですが、
この4月から義父が入院し、
膵臓の半分を摘出するという大きな手術をしました。

私自身はとても健康ですので、お陰様で大きな病気をすることもなく、
病院のお世話になることは殆どなかったのですが、
ここ最近仕事帰りや土日には義父のお見舞いに病院へ通っています。

院内で献身的に働いている先生や、
看護師さんたちと接する機会が増えて思ったこと、それは、

「この人たちは天使だ」

...少し大袈裟な表現でかもしれませんが、
その病院の殆どの看護師さん達は皆笑顔で看護の使命を果たされています。
お風呂も入れない患者さんに、身体を拭いてあげて、
笑って一生懸命に話相手にもなってくれる。

「自己犠牲」という言葉は、この人達に一番相応している言葉なのか、
と病院に通うようになって初めて気づいたことでした。


「自己犠牲」の言葉の意味について日々の仕事に置き換えて考えると、
誰一人「個人」ではどうにもできません。

もし自分が病気になったら。

必ず、病院の先生、看護師さん、そして、自分の家族。
皆の支え・信頼関係があって、初めて自分の病気と闘うことができる。


仕事でも、個人プレーでは20%しか進まないような仕事でも、
チーム(組織)で皆が一丸となって取り組めば、100%に近い仕事ができる。

また、何かの仕事に取り掛かるとき、
自分ではどうにもならないことが起きたとき、
人にお願いしたり、頼みますよね。
でも、もしお互いに信頼関係がなければどうでしょうか。

仮に先輩風を吹かせて何かを頼んでも、後輩は言われたことには従いますが、生産性の良い仕事にはならない、つまり、成果が完全なものにはならないこともあるかもしれません。

けれども、「自己犠牲」の精神を、皆が共有することで解決できたとしたら、そのチームはとてもすばらしいチームになるはず。自己犠牲の精神って、他人や仲間を気遣い、あうんの呼吸で助け舟を出したり、支えあう行為のことではないでしょうか?


「自己犠牲」の考えは、「自分さえよければ...」と間逆の位置付けにある、そう思います。


大阪のホームページ製作会社グルービー 岡崎

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.gclew.com/mt/mt-tb.cgi/24

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)